2017年09月29日

とん・保育園と言葉事情


とんの保育園。
以前、やっとお昼寝までできるようになったと書きました。
その後、お昼寝はちゃんとできています。

今のところお昼寝終了の14時にお迎えしてるのですが、私が部屋に入るとパチッと目が覚めます。


そしてすぐに起き上がって「ママ・・・」と言いながらトコトコと私のところに来て、ぎゅーっと抱きしめると「でんしゃ・・・」と言います。(意味もなく、口から出てしまうらしい)


家でのお昼寝はそんな寝起きの良いことは殆どなく、起きてから30~40分はまだ眠いためひっくり返って泣いているのに。

いくら慣れたように見えても、保育園にいる間は常にママのことが頭にある、という証拠なのでしょうね。


それを分かってか、希望のお迎え時間は14:30か15:00なのだけど、保育士さんが「10月に入ったら14:30にしてみましょうか。いきなり15:00はちょっと心配なので」と。

慎重に寄り添ってくれてありがたい限りです。




そして2歳1か月になったとん、最近流行っているのが「こわい」という言葉。

本当に怖いものも増えてはいるみたいなのですが。
例えば何かの顔だったり、隣の暗い部屋だったり、壁紙のはがれている部分だったり、テレビの1場面だったり。

でも明らかに怖くない状況でも使う。
多分「嫌だ」という意味で使っている。

ベビーカーに乗せようとすると「こわい!」
お菓子はご飯の後にしようね、と言うと「こわい!」
抱っこしないで歩かせようとすると「こわい!」
抱っこから下そうとすると「こわい!」

ベビーカーに無理やり乗せると30分ぐらいは「こわい!こわーいいーー!」と叫んで暴れながら泣き続けるので、私が怯えるとんを無視しているかのよう。
今朝は近くに犬を連れている人がいて、とんが「こわいー!」と泣くので
「怖いね、ごめんね」みたいになって恐縮でした。
本当は犬大好きなのですが。


まだ文はしゃべらないけど、単語はずいぶん増えてきたのでそのうち爆発してしゃべりだすのかな?と思っています。


ラベル:子育て 幼児
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posted by すっこ at 17:50| Comment(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月26日

細胞の記憶


先日、夜寝る前に、ぴよがすごろくを持ってきて、「明日これ一緒にやろうね」と言ってきました。

とんが昼寝している間か、DVDでも見ている間にそーっと抜け出して1回ぐらいできるだろう、と思い「そうだね。明日やろうね」と約束。



でも実際は無理だった。
とんは最近一段と甘えっこで、ちょっとでも私の姿が見えないのに気が付くと大泣き。
もちろんすごろくなんかはすぐにグチャグチャにしちゃうから、一緒にはできないし。

ひろさんもいる休日だったので、結局ひろさんと2人でやってもらいました。

「パパと2人でやってくれる?」とぴよに聞いたら最初は「嫌だ。」と言ったんだけど、
とんにすごろくを荒らされ、そっちのほうがすごく悲しかったようで「いいよ。」と言い直しました。


ごめんね。
ごめんね。
また約束が守れなかった。

後から私が「ごめんね」と言ったら、「いいよ。」とさらっとしていました。



でもね、こういうのって、細胞の記憶に残ることを私は知っている。

脳の記憶は、都合よく忘れたり、ふとした瞬間に部分的に思い出したりするけれど、細胞の記憶は思い出さない。
だけどその人を作っている。
そんな気がします。
(科学的なことではなく、私の主観です)


私自身。
「お母さん、こっちを見て」
と訴える細胞がある。
たぶんその細胞たちが、これまでの苦しかった体験〜摂食障害や父への壮絶な嫌悪など〜を産みだしていたのでは、と思っています。
(それについては、書ける時期がきたら書きます。
または、ちょこちょこ話題に絡めて小出しにします。)




ぴよは、今回私が約束を破ったことはすぐに忘れてしまうでしょう。
この先同様のことがあっても、今回のように私をさらっと許してくれるでしょう。

でも、細胞が悲しみ、それを記憶し、後々ぴよの体を作っていき、私のように蝕まれてしまったら・・・・・
そんなことを考えると怖くてたまらないのです。


ぴよは子供のころの私と違って、笑顔で「ママ大好き」と言ってくれるから、それに甘えて「大丈夫、大丈夫」と自分に言い聞かせている。


でも、ぴよの寝顔を見ているときとか、ぴよを感情的に怒ってしまったときとか、
日常のふとした瞬間に、大丈夫が揺らぎ、恐怖が襲うのです。

私が娘の奥底にインナーチャイルドを埋め込んだ気がして、もう取り返しがつかないような気がして、怖くて怖くてたまらない。


ぴよ、本当にごめんね。




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posted by すっこ at 15:37| Comment(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月22日

演技の勉強・2


今年の5月のこと。
私の住んでいる地域で、ある劇団のワークショップが開催されるというのをたまたま知り、参加することにしました。

そろそろ演じる機会が恋しくなってきていたし、プロの女優さんが演技指導をしてくださるとのことで。
内容がちょっと特殊で、自分の負の部分をさらけ出すことが必要な企画だったので悩みましたが、演じたい気持ちが勝ちまして。


日曜だったので子供たちはひろさんにお願いし、5月~7月の全4回のうち3回参加したワークショップ。
その「さらけ出し」はすごく緊張・葛藤ありましたが、久々の演技はとても楽しくて。
今まで演技レッスンはいろいろなところで受けましたが、ここで指導してくださった先生のレッスンが一味違って。
細かい指摘も、「ああ、こういうことか!」といちいち腑に落ちるのです。で、やってみるとすごくしっくりくる演技ができる。


それもそのはず、後から知りましたが、指導してくれている女優さんは、自身も数々の作品に出演されてきている一方、指導者としても子役を育て、教え子たちがどんどん映画、CM、ドラマ、舞台などに進出しているなど、多くの実績を持つ方だったのです。

この私の地元での全4回ワークショップとは別に、現在進行形で独自の演技のワークショップを開催されていて、子供から大人まで、初心者からベテランまで、門戸を広く開けているらしい・・・と知り、
演技をしたい気持ちが膨らんでいた私は、そこに弟子入りを決意いたしました。


といっても、別に今すぐ何かに出演したいとかではなく、あくまで子育て優先生活。
ワークショップで定期的に演技に携わらせてもらい、自分を解放する機会を作る、という意味です。


子育てしてると、「考える」という時間を失いがちなのですよね。
何か心に引っかかることとか、選択に迷うこととか、日常的にあるけれど、子供たちは常に待ったなしなので、深く考える余裕などない。
それが後悔や不安につながったりね。

演技は自分と向き合うことだから、その時間を持つことは、日常すべての充実感につながるはず。
そう思って、参加を希望したのです。



いざ、そのワークショップに参加してみたら・・・

想像以上に刺激的、そして緊張と消耗でぐったり!


参加している子供たちはほとんどが事務所所属で実績のあるプロの子役さん。
その吸収力、消化力、放出力に圧倒されます。

一方大人たちはほとんどが演技初心者。これまでの人生で身につけてしまった羞恥やら仮面やらをものすごく頑張って脱ぎ捨てて演技を爆発させ、子供たちはそれを見てキャーキャー笑います。

大人は、いわば「胸を借りている」プロの子役たちの前でなければあんなに爆発させることはできないだろうし、
子供たちは笑っていながらも、一所懸命な大人のカッコ良さを心に焼き付けている、はず。


そんな空間に、月2回ほど通うことにしました。


まだ2回しか参加していないけど、心境の変化は・・・

どうかな、相変わらずイライラしたり感情的に怒ったりしてるけど。



ただ、「○○ちゃんのママ」とかいう呼ばれ方が以前より嬉しく感じるようになったかも。

子供関係で知り合いになると、「○○ちゃんのママ」という呼び方をすることがありますが、多くのママたちはこれにすごく違和感を感じているのです。
”私は「○○ちゃんのママ」という名前じゃない。ちゃんと××という名前がある!”って。
ぴよの幼稚園の時のママ友たちはこれを意識して、最初から「名前で呼びあいましょう!」という提案があって名前で呼び合っていますが。

私自身は、「○○ちゃんのママ」にそれほど嫌悪感は感じていなかったものの、子供と全く関係ない話題の時に「ぴよちゃんママは・・」と言われると、やはりちょっと変な感じはしました。

でも、今はむしろ「ぴよちゃんのママ」「とんくんのママ」と言われることが嬉しいような、
「そうそう、私はぴよの・とんのママなのよー」と肯定したくなるような。
あ、もちろん名前で呼ばれても嬉しいですけどね。


これが演技の勉強と直接関係しているのかはわかりませんが…、

演技そのものにしろ、「私が演技に携わる道を選んだ!」という充足感にしろ、プラスの働きがあることは事実だと思います。



ワークショップは、家からちょっと遠いし、一日がかり。


私が「疲れたー」と思いながら帰ってくると、ひろさんが子供たちにまみれてもっとぐったりしていますがね。



ラベル:演技
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posted by すっこ at 16:51| Comment(0) | 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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