2018年07月21日

9歳になりました。


7月17日はぴよの誕生日。
9歳になりました。


ぴよと家族になって9年が経ち、もうぴよがいない時代が遠くかすむようになりました。

ぴよがいてこその私たち。


さて、誕生日を前にして3連休があり、

ポケモンの映画、

大磯ロングビーチ

と前半2日間を遊び倒した後、

16日は1日早くプレゼントを贈呈。

パパ作の宝探し形式なので、休日じゃないとできなくて1日前倒しです。


プレゼントは

任天堂switchです!

歯の矯正(マウスピース)を頑張った結果です。


豪華賞品で釣った甲斐あって矯正は順調に進んでいますよー。


宝探し、以前は次の場所が指示してある紙を探していくだけだったのですが、最近はレベルアップして謎解きしながら進みます。

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無事に謎を解き、プレゼントをゲット。

さすがゲーマー、使い方も余裕で分かってて、スムーズに朝からゲームタイムへ突入しました。




ゲームを満喫する人と、貸してもらえずグズリ疲れて寝る人。
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ぴよ、9歳おめでとう!

10年目、まあ、仲良くやっていきましょ。

よろしくね。



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posted by すっこ at 13:41| Comment(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年07月01日

感情について②



できれば「怒る」より「叱る」を実行したいところ。
その思いは、前回書きました。

でもその一方で、それとはまた違った思いが存在しています。


これは超個人的なことですが、自分自身が子供の時のことを思い出してみると、母親に感情を出して欲しかった。

諭すんじゃなくて、「お母さんはこう感じる!」っていうことを教えて欲しかった。

これはいけないことだというのではなく、これをしたらお母さんがどう感じるかを教えて欲しかったんです。


まあ、私の母は父がちょっとケアが必要な状態だったこともあったり、
私自身内気すぎて親にも感情をなかなか出さない子だったりというのもあるのでしょうが、

母が感情を私にぶちまけたという記憶は一切ありません。



でも私の子供達は感情オープンタイプなので、そうはいかない。

子供の叫びと私の叫びが重なって怒りムード増し増しになることもしょっちゅうある。


私も、子供に自分の感情を認めてもらいたいんです、きっと。

子供に、親である私の感情を認めてもらおうとするって、どうなんでしょうかね。
小学生のぴよならともかく、2歳のとんに対してまで。


私は、認めてもらうために、せめて怒っている時、できるだけ「ママは」と最初につけようと思ってます。

ママはなんで怒っているのか、こう感じているからなんだっていうのを子供に甘えて、子供に認めてもらおうかな作戦です。


そうやすやすと認めてなんか貰えませんけどね!


でも、
「あんた何やってんの!」「さっきもダメって言ったでしょ!」「馬鹿じゃないの?!」「何回言ったらわかるのもう〜!」
って、あなたが悪いあなたが悪いということだけをぶちまけたら

「自分は悪い子なんだ。ママが悪い子だって言ってる」っていう悲しい気持ちしか残らない。


「ママはこう感じる」って言ったら、「えっママが感じていること?」って心が動くんじゃないかな。

だって子供は無条件にママが大好きだから。




もし感情に任せて怒りを爆発させてしまったと感じたら、冷静になった時、子供に謝るようにしたい、いや、しよう。

さっき大きな声で怒ってごめんね。
ママは◯◯ちゃんとこうしたかったんだって、プラスの言葉で伝える。

そこで子供の感情はプラスに動くかもしれない。
子供は感情でできているから、プラスの感情がつながっていけばママも子供も、大丈夫だ、という気がするのです。



最後に、これはインタビューでも答えたことですが。

私にとって「感情」とは


真実の部分。

幼い頃にはそれだけで生きていた、原始細胞。






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とはいえかわいすぎて毎日悶絶。
姉の歯磨きの仕上げをする弟。


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posted by すっこ at 21:00| Comment(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

感情について①


人間の見えない部分は感情でできていると思っています。


私が子育てしていて思うのは、
子供は感情でできていて、感情を表現することで生きているということ。

そしてその感情の大元や向かう場所、エネルギー源は同じ

「ママが大好き」
「パパが大好き」
「だから私を見て。認めて」

ってことだとも感じています。


一方大人は、同じように感情でできているにもかかわらず、生きているうちに身につけた常識やら世間体やらしがらみやらで、感情をコントロールするのが正しい大人のあり方だと学んでいます。

そしていろんな場面で湧き出てくる自然な感情を、これは抑えなきゃ、これは表現しておかなきゃみたいに、自分でうまく選んでいくことで、人とうまく関わりあってうまく生きている。

子供は、そんな大人の前にある日ポンと現れて、培ってきた自制心をいとも簡単に打ち破るんです。



よく子供に対して「怒る」ではなく「叱る」ことが大事、と言われますよね。

「感情的に怒る」ってことをすると、子供が萎縮して、一番安心できるはずの親に対しても自分を出せなくなってしまう。
怒りの感情に任せた言葉はマイナスの言葉、相手を否定する言葉しか出てこないので、子供は大好きな親から自分そのものを否定されたと感じてしまう。
さらに「あんな風に感情を爆発させて良いんだ」と学んでしまう。

感情的にならずに、何が悪かったのかどうすべきなのかを示して教えると、子供は自分を否定されたと感じることもなく学ぶことができる、と。


確かにその通りだと思います。


でも実際、頭ではわかるけれど、日常でそんな余裕は正直ない時の方が多いです。

子供の年齢や性格によって悩みは違ってくるだろうけど、私に関して言えば、特に2歳前後の自己主張の始まる時期は、子供のやってることが理不尽すぎて辛いことが多い。


外では目的地なんて無視していきたい方に行ったり、

阻止すると「あっちいくー!!」とひっくり返って何十分も泣いていたり、

お店ではこれを買うと商品握りつぶしたり騒いだり、

バスや電車でも車両が乗りたい色じゃなかったなど、ちょっと思い通りにいかないとスイッチ入っちゃったり、

家でも料理をわざとひっくり返したり、

用意してないものを食べたいと頑としてきかなかったり・・・


私は頑張ってるのに!ってなる。
途方に暮れる時もある。

多分、多くのママがそうなってると思います。



子供のわがままや反抗に対して私たち大人がイライラしたり、「なんでいうこと聞けないの?」「なんでそんなことするの?」「もうイヤ〜!」って感情を爆発させてしまうのは、なぜかというと・・・

子供のことが憎いからではないですよね。


自分が都合悪いからです。

自分が気持ち悪いから。


日常的なこと、例えば「夕飯の前にお風呂に入る」ってことひとつでも、大人としては思い通りなスムーズな流れでいってくれれば早く寝られるとか、寝る前の遊びの時間ができるとか、メリットも思い浮かべつつ子供を促すわけです。

その方が、自分が気持ちいいから。

だけど、子供は目の前のことが全てだから今の遊びをやめない。
やめる意味なし、だから今お風呂入るのはイヤってなる。

そこで、
「なにやってんの!いつもいつも!早くお風呂入んないんなら夜遊ばないよ!絵本も読んであげないよ、知らないよ!」
となるか、
「ママは夜◯◯ちゃんと絵本読んで寝たいな。だから今一緒にお風呂に入りたいな」
と自分の気持ちを冷静に伝えられるか。


あ、冷静に伝えたからといって子供が言うこと聞くわけじゃないですけれどね。


でもそれを繰り返していれば、伝わると思います。

子供のことが好きって思い、感情が。

あなたを愛している、ということが伝わることそれが日常的に繰り返されると子供は嬉しいし、自分は大丈夫だと、ママがいるから大丈夫だ、と思う。
もっとママが好きになる。

本当はそうしたいのに、あまりにも感情直球でぶつかってくる子供を前に、わたわたしてしまうのです。
今日も私はわたわた中。


次回に続く。




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とはいえ、かわいすぎて毎日悶絶!
ダンゴムシ収集中。









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posted by すっこ at 20:00| Comment(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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