2019年06月07日

「指名なし発表」


とんの保育園での保育方針に心を動かされていたら、

ぴよの小学校でも感銘ポイント、やってきました!



先日の授業参観で見た「指名なし発表」。
これがすごい!


一般的には発言したい人が手を挙げて先生に当てられたら発言したり、挙手なしで先生がいきなり当てて答えさせたりしますよね。

ぴよのクラスでは、その方法だけではなかったんです。



「指名なし発表」では、

発言したい人は次々と立ち上がる。

もちろん複数が同時に立ち上がります。

誰が発言するのか、立ち上がった子同士で目配せしたり、「私言っていい?」と確認したり、「どうぞ」と譲ったりしながら一人ずつ発言を進めていきます。



これ、一見したら効率が悪いようにも見えますが、
ものすごいことが子供達の中で起こっているはず。


勇気を出して立ち上がること。
立ち上がったら、「私は意見があります」ということだから、必ず発言しなければなりません。
その責任を負いながら立ち上がります。

複数の人と限られた時間で限られた手段で、発言の順番を決めていくこと。
仲間たちに真摯に向き合わなければ、こうしたコミュニケーションは成立しません。



”先生が指名すると、指名された子は誰でも答えられます。
でもそれは「当てられたから答える」という受け身の学習です。

指名なし発表を取り入れる理由は、「自分の言いたいことを自分から伝えられる人間になってほしいから」です。

立って発表することは、その行為自体に価値があるのです。
内容があっているかどうかは関係ありません。”

(「クラス通信」より)



自分の意思で立つこと。
子供の性格などによっては、とてもとても難しいことだろうと思います。

もちろん立たなくてもいいのです。
立たないことを選択しているのは自分です。
その自覚も生まれます。
(手を挙げないことよりも自覚が生まれやすいですよね)



自分で伝えること。

3歳児と4年生の教育、繋がりました。



受け身ではない、自分の意思で発信し、人と繋がりを持っていくこと。

そんなことを学べる環境に子供達が恵まれ、
本当にありがたいと思っています。





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posted by すっこ at 09:15| Comment(0) | 子育て | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2019年06月04日

ざわざわについて、追記。


前回の、自分はどうしたいのか、どう感じているのかという問いかけに心がざわざわする、という件ね。


大人の常識として隠すのが当たり前になっていて、更に隠していることを意識しないでコミュニケーションをとっているからざわざわする……ということの他に、感情の根っこがある気がしてきたので覚書。




それは


「私が子供の頃は、誰もそんなこと聞いてくれなかったじゃん!」


という思いの塊。




そしてこれは、ありのままの過去の出来事ではないことも薄々気付いている。


聞いてくれなかったのが事実なのではなく、「聞いてくれなかったと思っている私がいる」。

それだけが真実。



不甲斐なさ、心許なさ、気持ち悪さ、自己防衛に意識が向いて、本当に起きたことは違う過去を捏造している…極端に言えばそういうこと。






人が物事を色眼鏡で見るのと同様

私は過去を作って言い訳をする。




はあ。ありのままとは、ただそこにあるだけなのに。

はあ。






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posted by すっこ at 16:12| Comment(0) | 私のこと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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